税理士が解説する わかりやすい相続税と贈与税
あなたの善意が裏目になる!?相続法で気になる落とし穴

あなたの善意が裏目になる!?
相続法で気になる落とし穴

前回のコラムでは、相続放棄の基本的な仕組みや、相続放棄ができなくなる代表的なケースについてご紹介しました。
その中で、「相続人として行動したと評価されると、相続放棄ができなくなる」という点をお伝えしました。

被相続人が亡くなった後、病院代やクレジットカードの請求、家賃や公共料金などの請求書が届くことは珍しくありません。
「迷惑をかけたくない」「とりあえず支払っておいたほうがよいのでは」と考え、深く考えずに支払ってしまう方も少なくないのではないでしょうか。

しかし実は、この善意の支払いによって相続放棄ができなくなることがあります。

今回は、どのような支払いが問題になりやすいのか、どんな場面で起こりやすいのかを、実際によくある具体例を交えながらわかりやすくご紹介していきます。

■被相続人に対する請求を支払うと、なぜ問題になるのか

相続放棄を考えている方にとって、特に注意が必要なのが被相続人に対する請求を支払ってしまうケースです。

相続放棄は、「被相続人の資産も債務も一切引き継がない」という制度ですが、相続人が被相続人の債務を支払う行為は、法律上「被相続人の債務を相続人として弁済した」と評価されることがあります。

つまり、
「相続人として責任を引き受けた」=「相続を承認した」
と判断されてしまう可能性があるのです。

このように、被相続人に対する請求を支払う行為は、相続放棄ができなくなる「単純承認」に該当する代表的なケースの一つとされています。

問題は、こうした判断が

  1. 「善意だったかどうか」
  2. 「金額が少額かどうか」

とは関係なく行われる点にあります。

本人としては相続するつもりがなくても、行為だけを見ると「相続した」と評価されてしまう点が、この問題の難しさといえます。
では、実際にはどのような場面で、相続放棄ができなくなるおそれがあるのでしょうか。
次に、実務でよく見られる具体的な事例を見ていきましょう。

■善意で支払ってしまいがちな具体事例

相続放棄を考えている方が、実際によくやってしまうのが次のようなケースです。
いずれも「悪気はない」「むしろ親切心から」の行動ですが、結果として相続人が支払ってしまうものです。

【事例①】被相続人宛の医療費・入院費を支払った

被相続人の死亡後、病院から未払いの医療費について連絡があり、「お世話になった病院だから」という思いから支払ってしまうケースです。
この場合、被相続人の債務を相続人として弁済したと判断される可能性があります。

対処のポイント

  1. 病院には、相続放棄を検討していることを伝える
  2. 請求書は保管し、手続きが確定するまで対応を保留する
  3. どうしても支払いが必要な場合は、専門家に確認したうえで対応する

【事例②】クレジットカードやローンの請求を支払った

被相続人名義のクレジットカード会社や信販会社から請求書が届き、「延滞させるのは気が引ける」と考えて支払ってしまうケースです。
カード利用分やローン残高の支払いは、典型的な債務の弁済行為とされ、単純承認と判断されやすい行為です。

また、支払いだけでなく、相続人の判断でカードの解約手続きやローンの精算手続きを行うことも注意が必要です。
解約や精算は、債務関係を確定させる行為と受け取られ、相続人として契約関係に関与したと判断される可能性があります。

対処のポイント

  1. カード会社や信販会社には、相続放棄を検討していることを連絡する
  2. 支払や一括精算は行わない
  3. 解約や契約終了の手続きも、自己判断では行わない

【事例③】賃貸物件の家賃や退去費用を支払った

被相続人が賃貸物件に住んでいた場合、管理会社や大家から連絡が来ることがあります。
「家賃が発生し続けるのは困る」「早く片付けなければ」と考え、

  1. 滞納している家賃を支払う
  2. 退去のために解約手続きを行う
  3. 原状回復費用やクリーニング代を精算する

といった対応をしてしまうことがあります。
これらの行為も、被相続人の債務を処理し、契約関係を整理したとして、相続を承認した行為と判断されるおそれがあります。

対処のポイント

  1. 管理会社や大家に、相続放棄を検討中であることを連絡する
  2. 解約手続きや精算を独断で行わない

【事例④】携帯電話・光熱費などの公共料金を支払った

被相続人名義の携帯電話料金や電気・ガス・水道料金について、「止められると困る」「解約のために支払いが必要」と言われ、相続人が支払ってしまうケースです。
これらも被相続人の未払債務にあたるため、相続を承認した行為と判断されるおそれがあります。

対処のポイント

  1. 相続放棄を予定していることを連絡する
  2. 解約手続きが必要な場合でも、対応方法を事前に確認する

■≪原則OK≫「これは大丈夫?」とよく聞かれるケース

ここまで、善意で支払ったり手続きを進めたりすることで、相続放棄ができなくなるおそれがあるケースを見てきました。
一方で、「では逆に、どこまでなら問題ないのか」「何ならしても大丈夫なのか」と迷われる方も多いのではないでしょうか。

相続放棄を検討していると、

  1. 「これは支払ってもいいの?」
  2. 「この手続きはしてしまって大丈夫?」

と判断に悩む場面は少なくありません。

そこで次に、実務上よく質問を受ける“これは大丈夫?”と聞かれやすい代表的なケースについてご紹介します。

【事例①】葬儀費用の支払い

結論:原則として問題ありません

被相続人の葬儀費用については、相続人が支払っても単純承認とはならない可能性が高いです。
これは、葬儀費用が財産の処分や債務の弁済ではなく、「社会的・慣習的に必要な支出」とされているためです。

一般的には、次のような費用が含まれます。

  1. 葬儀社への費用(通夜・告別式・火葬など)
  2. お寺へのお布施・戒名料
  3. 霊柩車代、火葬場使用料

一方で、

  1. 明らかに高額すぎる豪華な葬儀
  2. 香典返し
  3. 墓石や仏具の購入

については、状況によって認められないおそれがあります。

【事例②】電気・ガス・水道などのライフラインの解約手続き

結論:原則として問題ありません

これまで見てきたように、被相続人の未払請求を支払ってしまう行為は、相続放棄ができなくなる原因となりやすい行為です。
その一方で、「では、生活に関わる手続きは何もしてはいけないのか?」と不安に感じる方も多いのではないでしょうか。

被相続人が住んでいた自宅や賃貸物件について、電気・ガス・水道などの解約手続きを行うこと自体は、相続放棄の妨げになる行為ではありません。
これらの手続きは、契約を整理し無用な請求の発生を防ぐためのものであり、法律上は 「財産の価値を維持・悪化を防ぐための行為(保存行為)」 と考えられています。
ただし、解約手続きと併せて未払い請求を支払ってしまうと相続放棄ができないおそれがあるので、「解約しては良いが、支払いはしない」を意識することが重要になります。

■まとめ

相続放棄は、「家庭裁判所で手続きをすれば終わり」という単純なものではありません。
その前後の行動次第では、本人に相続放棄の意思があっても、法律上は相続を承認したと判断されてしまうことがあります。

特に注意が必要なのが、「被相続人に対する 請求金額の支払い」や「債務に関する対応」です。
「迷惑をかけたくない」「とりあえず整理しておきたい」といった善意の行動が、結果として相続放棄をできなくしてしまうケースは、実務上も少なくありません。

相続放棄を検討している場合は、

  1. 支払わない
  2. 勝手に判断しない
  3. 必要最低限の手続き以外は手を出さない

この3点を強く意識することが重要です。

少しでも判断に迷う場面があれば、自己判断で動く前に当事務所へご相談ください。